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[331] 練習参加 投稿者:穂積 投稿日:2009/09/17(Thu) 02:16:00 No.331 [返信]  
初めまして。
フットサル素人の30歳ですが、練習に参加させて頂きたくメールしました。
球扱いは下手クソですが、何卒宜しくお願い致します。


Re: 練習参加 管理人 - 2009/09/25(Fri) 20:29:18 No.334 
メールへ返信しました。
よろしくお願いします。


[325] お尋ねです 投稿者:飯山満南父兄 投稿日:2009/09/03(Thu) 21:15:27 No.325 [返信]  
すいません、貴チーム掲示板でお伺いするのは筋違いですが、何か情報をお持ちでないかと思い書き込みさせてください

飯山満南地区の幼児父兄ですが、就学前幼児と低学年児童が入れる、地域のサッカーチームを探しています。
飯山満南でよく練習をしているJYSというチーム以外で、どこか知りませんでしょうか?


[285] 晴れの日雨がっぱ。 投稿者:備忘録 投稿日:2009/02/11(Wed) 16:31:22 No.285 [返信]  
管理人の服装を見ると違和感を感じる人もいるかも知れない。体育館に入ってくるそれぞれの人を見ていると、やはりサッカーをしにきているという事が一目でわかる服装をしている。
しかし、彼はいつもサラリーマンが履く靴下で、パンツと言えばどこで売られているのかよくわからないものを着用している。最近では、ディアドラというイタリアメーカーのシューズをはいて若干男前のにおいをかもしだすようになった。
ここで、気になるのが過去である。昔はいったいどうであったのか。
小学校のグランドでまだサッカーをしていたころ。(といっても大学生当時の話だが…。)E君というサッカー未経験者がいた。彼は当時までサッカーボールを蹴ったことがないというのに、サッカーウェアを着て、一万数千円はするであろうスパイクを履いてサッカーに来ていた。それを見て私は毎回感心していた。
かたや管理人といば、ロシアから密輸入したかのようなスパイクを履いて、相変わらずサラリーマン靴下といういでたちであった。そのスパイクのベロには、何やらロシア語でメーカー名が書かれていたのだが誰も読めなかった。ある時、ロシア語に精通した私のサッカー友達がグランドに遊びに来てくれて、管理人のスパイクのベロを読んでくれた。
どうやら、管理人のスパイクは「トカレフ」というメーカーだとわかり、それが拳銃の名前だとわかり一同を呆れさせた。その後管理人のシュートはトカレフと言われたのは想像に難くない。
さらに、雨がっぱを着ていた。サッカー選手が着るナイロン生地のウェアを管理人は雨ガッパだと思っていたのかもしれない。夏の雨もふらない日照りの時期さえ雨ガッパで走り回っていた。
当時の管理人の(彼だけではないが)キックの種類はトーキックの一種類だけであった。銭岡は献身的に管理人にインステップとインサイドのキックを教えていた事があった。そういう場面をみると馬鹿にしてみたくなる衝動がフツフツとわくようで、管理人に「プロサッカー選手のほとんどが足はつかってない。一瞬で早いからインパクトの瞬間がわからないだけで、本当はスネあたりでボールを蹴っている。」と教えてやった。
それから数ヶ月間はボールではなく大地を蹴り上げているのをよく目にした。
そんなこんなで、夕暮れのグランド。サラリーマン靴下にトカレフのスパイク。夏の日照り続きに雨がっぱの大人がボールを蹴ろうとすると大地を蹴り上げ、その度毎にその場にうずくまる。そんな一種異様な光景がそこにはあった。


[284] 育成年代のバックパスを考える。 投稿者:備忘録。 投稿日:2008/11/28(Fri) 19:38:19 No.284 [返信]  
週刊サッカー誌を見ていてこんなコラムにでくわした。サッカー協会が全面的に育成年代でのキーパーへのバックパスを禁止する事を検討しているらしい。これが今サッカーをとりまく人達の中で議論の的になっている。協会側のヴィジョンは、将来的に前を向いて勝負ができる人材を育てるためのようだ。バックパスを禁止することによって、一対一の局面を造りだしDFであろうが個々の力で打開する事を意図しているようだ。その意図はよくわかるが、果たしてそれが良いのかどうかは甚だ問題ではある。
私は最近フットサルをしていると良く思う事がある。ある一定のレベルになると人は効率性を重んじて独力で状況を回避しなくなる。特に上手い人をみていると自分で勝負が3割、人のお膳立てや組み立てをするのが7割といった感じがする。(自分よりレベルが低い相手に勝つとわかる勝負をしないだけなのかも知れないが・・・。)特に周りとレベルが違う場合はその傾向が強いように思う。なぜそうなるのかは簡単だ。独力で打開するより周りを使った方が楽だから。ボールが来る前に顔を上げて正確なパスを出している方が楽だし効率的だからだ。だから周りが見えずに、やむなくドリブルという人をみているとなんだか非効率な感じがしてしまう。ある程度ボールが持てるようになったりすると「簡単にはたけ!」という声をそういう人達からよく聞くようになる。しかし、そう口ばしる方も実際ボールが落ちてくると何も考えていないのかドリブルに没頭したりパスミスを連発する。精々私が知っている中では正確にパスを出し先の事を考えてプレーしているのは3,4人しかいない。毎回ドリブルでつっかけたり、前へ前へとボールや人が行くのを見て攻撃がすきなんだと感心してしまう。
しかし、こんな光景をみていると先のバックパス禁止と不思議ながらリンクすることがある。誰も何も言わなければバックパスやポゼッションなんてものは誰も学ぼうとしないのではないだろうか。フットボールのルールなんてのはいたって簡単だ。自分達のゴールの前方にあるゴールにボールを蹴りこむだけだ。いたってシンプルである。必然的に前へ前へとなるのは致し方がない事なのだ。効率的に攻めるのか、小学生のように前へ前へドリブルでしかけていく人の差は訓練されているかいないかの差だけなのである。今回のバックパス禁止議論はルールーの問題ではなく指導者に問題があるのではないだろうか。バックパスの有効性を解いているのは、育成年代に教えているのは、ルールではなく指導者なのだ。そこを見誤ってはいけない。誰も何も言わないフットサルをみていると本当にこのこを良く感じる。それが悪いわけではないし、批判しているわけではない。むしろ個々の責任と判断でプレーしている分大人だと感じる。
そんなことを東西線に揺られながら考えた。


[283] 無題 投稿者:備忘録。 投稿日:2008/11/11(Tue) 16:27:01 No.283 [返信]  
チェルシーの戦いぶりが面白い。前任者のフットボールとはまた違ったブラジルテイストな戦いぶりだ。プレッシングゾーンを極端に下げ、前がかりになった処をいっきにカウンターへともっていく。そんな攻めかたが多かったモウリーニョ時代のチェルシーだが今期のフェリペのフットボールは演劇に近い。娯楽性の要素がたっぷりつまった試合ぶりが目を引く。まず休息であったはずのボールポゼッションが攻められる時間を減らすボールポゼッションとなっている。ロングボールではなく攻撃の選択肢が多いことも上げられる。
すでにかなり完成したフットボールと言えるだろう。
これからのフットボールを考えた場合、戦術はそれほど大きく変化はしないだろう。それ以外で進化するとするならば、フィジカル、判断という点でより速くなるだろうし、肉体面では速さと同等に強さも求められるだろう。そして何より独創的な即興性と、コレクティヴなパスワークが求められるようになる。もちろんテクニックもスピード化に応じたものがもとめられる。今以上に劇的な意味あいが強くなり、そこで演じられるドラマはスピードを増す。スピードを増すという事はリスクが大きくなるということであるのだ。高速化の中でミスをしない機械のようなフットボールになるのではないかという一部の声を払拭するようなチェルシーの戦いぶりに、一つの光明を観た気がする。


[281] はじめまして 投稿者:鈴木 投稿日:2008/10/20(Mon) 12:24:59 No.281 [返信]  
練習に参加させていただきたいと思い書き込みました
もしよろしければ連絡ください


Re: はじめまして 管理人 - 2008/10/21(Tue) 23:08:53 No.282 
メールへ返信しました。よろしくお願いします。


[266] God Bless You 投稿者:備忘録。 投稿日:2008/06/27(Fri) 18:47:39 No.266 [返信]  
ドナドニが解任されるかも知れないと言う。ユーロベスト4というノルマが達成できなかったのが大きな要因なのだろう。スペイン戦は悪い試合ではなかった。前回予想したとおりイタリアはいったんリトリートして素早い攻めで相手を翻弄した。初戦から考えればチームのまとまりと一体感は随一であった。
最も戦犯扱いされなければならないのはファンバステンではなかろうか。ロシア戦の拙い采配は、多分私が監督を務めたほうが良い結果がでていたのではないかと思うくらい御粗末なものであった。ロシアを過小評価しているわけではない。ロシアは準決勝に進む価値のあるチームだと確信させてくれた。しかし、オランダにとっては勝ち試合をみすみす逃したといっても過言ではない。立ち上がりから積極的にしかけるロシアを相手に、様子を伺ったオランダ。いつから、オランダは強者面ができるようになったのだろう。ロシアは自分達より弱いと思ったのだろうか。イタリア戦もフランス戦も前線のプレスが非常に効いていた。イタリア戦では速攻を仕掛けようとする相手に前の4枚がいち早く体を寄せて攻撃の芽を摘み取り、ピルロにボールがあたれば、サイドカットをするのではなく、相手の正面に対峙する形でロングボールを蹴らせなかった。超がつくほどのハードワークを皆がこなし、スペクタクルなフットボールをどのチームよりみせていた。そんなオランダが決勝トーナメントに入るや戦い方をかえてきた。あまりにも消極的な戦いぶりに、飽きれた。確かにロシアは徹底してサイドのスペースを潰し、相手の特徴であるサイドからの速攻を許さなかった。けれども前線のハードワークの優位な点はより高い位置でボールを奪取する事にある。手数をかけずにフィニッシュまで持っていくことなのだ。サイドを潰されるのは試合前から予想できた事だ。その時のために相手のボランチとDFラインに圧力をかけていかなくてはならなかったのではないか。
更には、何故ロッペンを起用しなかったかにも謎が残る。もし、ケガ以外の理由であるなら非常に残念でならない。ディフェンスは相変わらずしないロッベンだったが今大会は本当にキレていた。囲まれても一枚は必ず引き剥がす彼の力が必要だったのは明白だ。彼を入れる事によって4-1-4-1のシステムに変えるのはいつもの常套手段だったのではなかったか。御粗末すぎて目もあてられない。
カイト、ファンペルシ、スナイデル、エールディヴィジで活躍する選手達、ハードワークを惜しまない本当に良い選手の集合体であったオランダが決勝トーナメントでビッグネームとの試合をせずに消えた事は非常に残念である。
スペインはイタリアに公式戦88年ぶりに勝利を挙げ、ロシアを3-0という快勝で決勝まで勝ち上がってきた。中でもビジャと中盤の4人は要注目だ。ポゼッションを標榜するチームスタイルの支えになっているのは、セナとシャビである。この二人の関係性、はっきり言ってただ者ではない。シャビは今大会中驚愕的な数字を連発している。パス成功率、ボールを取られた回数がどの選手よりずば抜けて優秀。初戦のロシア戦に関しては121回ボールにさわり、奪われたのがたったの3回。パス成功率はほぼ90パーセント。ボールをセイフティーに簡単に回しているようにみえるが、隙があろうものなら縦へ容赦のないスルーパスを通してくる。これがシャビの持ち味である事は周知の通りだが、セナとのコンビが非常に良いのもこの中盤の特徴とも言えよう。シャビは強引なプレスを掛けられたり、サイドに追い込まれた場合、これはサイドバックの選手もそうなのだが、セナは必ずと言っていい程サポートに駆けつけてくる。案の定際どい所でボールを渡されるのだが絶対に取られない。ボールを細かく振り分けるシャビと危なくなったらセナ。ポゼッション率を重視した戦い方を標榜するなら欠かせない選手である事は間違いない。さらにはドリブルでしかけるシルバにイニエスタ。セスクがベンチ要因なのも頷ける。ポゼッションは遅効になる事が多い。現にスペインの大半のシュートがペナ外ということで証明されている。これが当面の課題になるのは明らかであろうが、それも超がつくほどの攻撃的なサイドバックの上がりによって解消されるだろう。決勝ではイタリア戦のようなベタ張りではなくリスクを恐れないサイドの攻防がみられることを期待している。
寧ろそうなる事が予想されるだろう。スペインもドイツも今や最先端のDF戦術をもちいている。どういった者かというと、サイドバックが両サイドボランチまで上がるというものだ。マイボール時は常にその体性に変わる。それはフラットに並ぶボランチラインでルーズボールとセカンドボールを拾う確立を高くするためにある。更にはDFライン4枚でラインコントロールをする場合、サイドの選手は自分の後ろのスペースとボール保持者、ラインと三つを常に意識しないといけないために中の2枚に比べてラインを統率する意志共有がはかりづらい事がある。そのリスクと役割の軽減のためにサイドバックを上げている。これは、攻撃的でいて合理的である。もちろん速攻をかけられたり、高い位置でロストをすれば非常にリスクが高い。それを、恐れずに勇敢に戦う可能性は両者ともにある。是非、夢のようなファイナルになる事を切に願う。


[265] 無題 投稿者:備忘録。 投稿日:2008/06/20(Fri) 18:33:24 No.265 [返信]  
眠れない夜が続いている。民法で放送されている死のグループはほとんど観た。個人的に気になるクロアチアとポルトガルの予選も夜な夜な友人宅へ足を運んで観戦した。
今回のユーロ。ちょっとした感想はどのチームも本当に「ハードワーク」なフットボールをみせてくれている。そして、何より誤審が多い。
そして最も話題になっているのが、オランダだ。個人的にはチェコとトルコの試合が予選最大のサプライズだと思っているが・・・。更には、個人的な優勝候補を上げるならクロアチアとイタリアなのだが・・・。イタリア?何故にイタリアとおっしゃるかたも多いいと思うのだが、それは大本命を上げてしまえばそれはもう予想でもなんでもないからだ。(それとシャビとデ・ロッシがこの大会最も輝いている中盤の選手だから・・・。シャビはスペインだけど)
と言う事で、Cグループの初戦の戦術的考察を簡単にまとめてみた。
まず第一戦、オランダ対イタリアの試合。たぶんドナドニは試合前から星勘定をしていたと思う。最終戦のフランス線までにできるだけ勝点をかせげるか。オランダ戦も勝ちにいく算段であった事はフォーメーションからも伺える。得意の4-3-2-1もしくは4-2-3-1ではなく4-3-3を起用した。この時点で私の中ではかなりの違和感を感じた。試合が始まればディナターレとカモラネージがある程度内側に絞ってくるのであろうと思ったのだが、いくら時間がたってもサイドライン際にいる。中盤の3枚はミランのトリオで形成していた。ドナドニのプランの中にはサイドを制圧して前線でボールを奪いたいという意図があったのだろう。しかし、まったく機能していない。ガトゥーゾとアンブロジーニがボランチにプレスをかけに行くのだが相手のボランチに簡単にあしらわれる。更に悪い事に失点の後から急激にその傾向が顕著になった。DFラインは引き気味になり始め、オランダのコンパクトフィールドに対してイタリアのそれは間延び状態になっている。ガトゥーゾとカモラネージの後ろには広大なスペースが生まれた。FWとDFの間を三枚でカバーしあわなければいけないため中盤の3人は消耗していく。ここで2点目のシーン。クリアーボールに寄せる者が誰もいなく駆け上がったファンブロンク・ホルストに大きく展開され、人数が揃わないDF陣がボールウォッチになった所を折り返されスナイデルの得点となった。
いつしか記述したのではないだろうか。ミランの3枚のミッドフィルダーは前線からのボール奪取の駒ではない。誘い込んでからの速攻のために位置している事がほとんどなのだ。ドナドニはそれとはまったく正反対の事をさせた。積極的に前からボールをチェイシングさせたのである。
イタリアの戦い方の伝統は相手ボールになった時に一早くリトリートしてからボールを集団で奪った後の攻守の切り換えの早さにあったのではないだろうか。ドナドニは勝点欲しさにいつものアズーリの戦い方を放棄した。
オランダは優れていた。前の4枚が超がつくほどのハードワークをこなしていた。ファンニステルローイさえ中盤にさがって容赦ないスライディングをみまっていた。特徴的なのは中盤の攻撃的3枚の有機性だ。スナイデルは頻繁にポジションを変えた。内側に侵入する事が多く、その空いたスペースをファンブロンクホルストが何度も走り抜けていた。ファンデルファールトもそれに応じてポジションを何度となくチェンジしている。
攻撃は速攻から崩すパターンが多かったが、多彩な攻撃のバリエーションがあることもその後の試合を観て明らかだった。(ロッペンのキレてる。)
オランダの強さはフランス戦、ルーマニア戦でより明らかになったが、それ以上に対フランス戦のイタリアには驚かされた。窮地に立たされた時の団結力といったらない。国家斉唱からその以上なまでの闘志を伺えたしゲーム内容は一試合目とは別物。それができるなら最初からやれよと本気で思ってしまった。
出場できない主力が多い事と、トニがまだ無得点なのは気になるがまた熱い試合をみせてくれるであろう事に期待しよう。それとデ・ロッシに注目しよう!


[259] こころのマイスター。 投稿者:備忘録。 投稿日:2008/05/28(Wed) 15:57:52 No.259 [返信]  
少年時代のアイドルは誰かと聞かれると私の場合それは、ジーコでもマラドーナでもない。それは、ストイコヴィッチに他ならない。
当事NHKかNHK教育の18時すぎから世界のサッカーを紹介する番組がやっていた。その頃はJリーグが始まった直前であり、各局がサッカーを精力的にとりあげていた。その番組は世界の代表チームやクラブチームの過去の試合をダイジェストで観るという主旨であった。私と同年代の者なら記憶にある人も少なくないのではないだろうか。
その番組見たさに私は毎日18時ぴったりに家につくように帰宅した。ある日、90年のワールドカップユーゴスラヴィア対スペインの試合が放送されていた。放送をみていて10番の選手に釘付けになった。おそろしいまでに正確無比のパスと、屈強なDFに挟まれてもボールを失わない、むしろ巧みなボールさばきで相手を置き去りにする。まるでそこだけ次元が違うかのようであった。
さらに次の瞬間、衝撃的なシーンをみてしまう。キーパに弾かれたボールがファーポスト脇に走りこんでいた10番に流れてきたのだ。浮き玉のルーズボールはその10番の足元へすいこまれていった。角度のないシチュエーションであったがボールをインステップで強く蹴りこみさえすれば点が入るのは誰にでもわかった。しかし、彼が選んだのはシュートフェイントであった。それによって相手のDFのスライディングを悠々とかわしゴールに冷静に流し込んだのだ。会場は何が起こったのかわからず何万人といるスタジアムから音が消えた。(これは嘘ではなく、ほんとうに。)
テレビ画面に釘付けになった私は、会場にいた全ての人と同様に騙されたのである。鳥肌がたちサッカーを見ていて初めて幸福感に満たされた。この感動は今でも忘れられない。

ピクシーの凄さはそれだけではない。彼のプレーがとりわけ異彩を放ったのは、類稀な創造性と現代サッカーに高い次元でマッチした事であった。それまでの我儘なスーパープレイヤーとは違い走る事も厭わなく、味方を使って上手く状況を打開すること、更には強いリーダーシップを持っていた。高い次元の技術を持ちながら彼が有機性を失わせた試合をほぼ観た事がない。90年代からのプレッシングフットボールに対応しえた数少ないファンタジスタでもあった。
長い年月レベルの低いJの試合でしかみることができなかったため、ピクシーの信憑性を疑う者がいるが、彼はいざ代表の試合となると、ヨーロッパの強豪しかも世界のクラブチームに所属するDFとも果敢にわたりあった。時には別次元の動きでほんとうに形容しがたいパフォーマンスをみせた。
話は変わってしまうが以前テクニックに優れた者が私が所属するクラブチームにいたが、パスのタイミングが極めて悪かった。自分の技術に自身があるが故に無謀なチャレンジを何度してはボールを失った。更には、取られたボールを奪い返すことも放棄していた。リスクにチャレンジする事は悪いことではない。むしろサッカーを行う上でピッチ上にいる全ての者の最大限の義務だ。彼に対してコレクティヴに振舞う事と最低限ボールを取り返す必要性を話した。今では彼は本当に良い選手になった。相手にとって危険な場所での混戦は持ち前の技術で崩し、コレクティブに崩す事でゲームの有機性を崩す事はなくなった。なにより良くなった事はボールを自分で奪い返すという責任をまっとうできるようになったことだ。彼が良くなったせいで私が出場できる試合がめっきり少なくなってしまったが・・・。
さてどうであろうか。これを読む人にも似たような経験やそういったチームメイトを抱える者がいるのではないだろうか。もし、私なら技術云々よりもまず最初に最低限の振舞を身につける事を話すであろう。
ピクシーでさえ奪われたボールを鬼神の如く追いまわしていた記憶が蘇える。


[257] 無題 投稿者:備忘録。 投稿日:2008/05/21(Wed) 15:27:23 No.257 [返信]  
今回はサッカーとは違うお話。
前回は心理の感染について書いたが、それと似たような実体験を以前、日常生活の中で体験したので紹介しよう。
私の通っていた高校にはスクールバスというのがあった。駅から学校までギュウギュウ詰めになりながら行くあれである。私は駅から自転車で通学していたのだが、ある日駐輪場に置かれた自転車が何者かによってパンクさせられていたのだ。歩いて行くには遠すぎるので、そういった場合にはスクールバスを使うはめになる。
しかし、バス停まで行くと長蛇の列・・・。しかし、こういった時には裏ワザがあって列の最後の方に並ぶと、最終的には一般の乗客と一緒に学校の近くまでただで送迎してくれるのであった。だから、込んだバスに乗りたくない者はわざわざ最後の方に並んでバスを待つのだ。(この裏ワザは上級生にならないと使えなかったが)
列の最後の方にならんだ私は一般の乗客と共にバスを待っていた。すると、最前線の料金表示のポールをしげしげと眺める外国人が現れた。割り込むんじゃねーぞと思いながらその外国人をみていた。間もなくバスが来たのだが、その瞬間に怒涛の勢いで外人が並んでいる人に向かって喋り始めたのである。明らかに英語ではない。たぶん、行き先を聞きたいのであろうとその時は思い、誰かがなんとかするだろうとも思った。しかし、最初に並んでいた親父が「すいません。」と平謝りしてバスに乗り込んでからそれは起こった。外国人は必死に何語かでバスに乗り込む人に次々に話し始めたのだ。外人の横を通り過ぎると何故か皆すみませんと言い始めたのだ。40人近くが並んでいたと思う。最初の親父が謝ってから「すみません。」の連鎖が始まった。高校生も一般も皆、外人の横を通ると「すみません。」と平謝りし始めたのだ。
後ろの方にならんだ私は最悪だと思った反面、誰かが謝るのをやめればこの連鎖も終わるだろうと思っていた。あきらかに、この意味不明な「すいません。」のオートマチズムはアホだと思った。
しかし、そんな読みもことごとく外れた。すみませんの順番が回ってきたのだ。私の前にいるサラリーマンはかすれた声で「アイムソーリー」と言った。その時はアイムソーリーじゃねーよ!あきらかに英語圏内の人じゃねーだろう。と本気で腹がたった。たぶん、彼なりに状況を打開したかったのだろう。
そしてついに、私の番が回ってきた。その瞬間頭が真っ白になった。次いで私の口から出た言葉は「アイムソーリー」であった・・・。
そこから、最後にいたるまで、アイムソーリーの連鎖が続いたのである。さらには、バスの運転手がドアを閉める際に、未だ必死に喋る外国人に対して「アイムソーリー」と言って残酷にもドアを閉めた。この後のバスの中の気まずさといったらなかった。

次にもう一例上げてみよう。
大学のオリエンテーションの時の話だ。一年生は入学前にこのオリエンテーションでレクリエーションをやらされる。それは、大学に早く馴染んでもらうためと、友人をつくってもらうための大学側の配慮なのであろう。このレクリエーションは毎年バスケットかバレーボールと決まっていた。私の年はバスケットであった。実は私はサッカー以外の競技にあまり馴染みがなく、あまりバスケットボールに対して気乗りしなかった。
チーム分けをすると、チームに女の子が二人いて、ゲームが始まる前に二人のこんな会話を耳にした。片方はバスケットボールの経験者なのであろうか「バスケットが下手な男子ってやだよね。だって、サッカーは誰でもできるけどバスケットは難しいもんね。難しい事ができない男って興味ない。」憤慨した。バスケがサッカーより難しいわけねーだろう。このアマは足でボールを蹴った事があるのか?引きずり回してやろうかと真剣に考えた。しかし、話相手の子があまりにもキュートだったので辞めた。
この同じチームに入ったキュートな子が今回の問題点であった。なにせこの子、ゲームが始まると兎に角褒めまくるのだ。ゲームが終わっても、わざわざ近くまで来てあのプレーは良かったと褒めちぎるのだ。今思うと遠い田舎から出てきて早く友人をつくるために必死だったのだろう。涙ぐましい。
ゲームを消化する度に近くに来ては褒める。その度に愛くるしいと思うのと同じように彼女の好きなプレーがわかるようになった。それは、ボールを背中の方からくるっと回してパスをするあれである。チームの誰かがそれをする度に異常なほど褒めてくれた。
ここで、オートマチズムが造られてしまったのだ。男どもは褒められたい一心にそのパスを使い始め、彼女も馬鹿の一つ覚えのように褒めちぎったのだ。壊れたステレオかと思うくらいに・・・。
ついにゲームではなくなった。なぜなら、ゲーム中のパスが全てそのパスになったからだ。前には進まないし、それによって点は簡単に取られるし・・・。それでも、そのパスを辞めようとしない男達と褒める事を辞めない女。馬鹿がそろってはゲームには勝てない。そんなこんなで後の試合は酷い結果であったのは言うまでも無い。
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