since2003.1.29.
日記というより、レポ。またはチバの言いたい放題。
感想、御批判などは、卍LOVE掲示板にどうぞ。
■ 2006/06/24 (Sat) 『独パン野郎ども、北へ』三上寛、チバ大三、川上テルヒサの三日間ツアー記の最後 有難き御言葉!
〜三上寛さんより〜
『今回のツアーの最大の見ものは、盛岡・ジョニーでの兄弟デュオ。千葉クンがこのツアーにこだわっていたのがよく分かりました。もともと兄の影響下で培ってきた彼の音楽世界の中で、想像以上に兄貴の存在は大きかったようだ。どこがどのようににと言われても困るのだが、翌日の秋田市内での水を得たサカナのような演奏で、そのことを実感。ミュージシャンはどこで化けるか分からず、その現場を目撃できた事に興奮しました。川上テルヒサの道中での完璧なフォローにも胸を熱くいたしました。ありがとう!又ヤロー!感謝。』
〜川上テルヒサより〜
『6月9日。ロックの日(笑)からスタートした東北ツアー「独パン野郎ども北へ〜」。軽自動車にギター3本.でかいバック3つ.そして三上寛さん.チバ大三さん.僕。「この先ど〜なるの?」そんな不安を吹き飛ばすのは東北の空と山。大自然。寝食を共にした3日間は「歌い」「飲み」「語る」の日々でした。そんな中.僕が学んだのは「人間が歌う」「ステージに立つ」という意識。行為。今後の自分に活かして行こうと思います。寛さん.チバさん.そして旅先でお世話になった皆様.本当に有難うございました。』
■ 2006/06/24 (Sat) 『独パン野郎ども、北へ』三上寛、チバ大三、川上テルヒサの三日間ツアーその3 〜ヤマ越えて〜
★6月11日。秋田駅前LIVE SPOT 2000
店はいわゆるライブハウス。壁真っ黒、爆音OK。遅れて着いた俺ら三上組は、急いでリハ。寛さんのギターのトラブル発覚。フレットの一ヶ所がビビリだしたらしい。慌てる寛さんをツアー中初めて見た。近所の楽器屋に持っていき「盛岡から秋田への急激な湿度変化に、ギターが反応したようだ」とのこと。ネックを少し反らせて回復。修理代はいらないと言われた寛さん「それじゃ悪いから弦買っちゃった」。寛さんの音への真剣さと優しさを、あらためて見たねー。
川上テルヒサ。この2日間ずーっと、ギターとの絡み方について俺と寛さんにあーだこーだ言われていたんだが、この日は違ったね!出来てなかったメリハリみたいなモノが、突然出来ていた。何かを抜けたね。
Otaria's Bloc(K)。昨日の盛岡で主宰してくれた彼らが、こっちも出演。盛岡では全体混沌としていたが、秋田は違ったね。バンドとして描きたい音世界・曲世界が、ズンズン伝わってきたよ。
俺・チバ大三。楽しかった―!昨日の反動もあるだろうな。今まで以上に“間”がよく見えた。タメたり、微妙に突っ込んでみたり。静かに聴いている会場の“空気”が見えたような。それが“ライブな舞台”なんだなぁ。
↓チバ大三
寛さん。3日目の今日はまた違った!初日前橋は、独パン・バージョンで大盛りあがり。2日目盛岡はしみじみグッサリ。そして今日は店の特性を生かしたディープ・メタルコア(?)凄まじかった!!大御所といわれようが大ベテランだろうが、関係ない。寛さんは、空間、機材、状況を常に見つめて“生”だ。いやそれこそ本当の大御所か?
終わって打ち上げ。「P.A.の彼女のセンスが秋田を活かす!」とか話しながら、地元の競演女性2人ユニット RIRO と無理矢理な英語で盛りあがりつつ(一人はアイルランド人なのだ)、3時に主宰(今回は出演無かった)idiotのymd氏宅に泊まりに。行く途中「ビール買おうぜ瓶ビール!ツマミは『ごはんですよ』だ!」という寛さんの底知れぬパワーに恐れ入りながら。
4時半頃まで寛さんと話し込み。寝たんだが、テルヒサとymd氏と、遊びに来た影氏(パンク青年)は、外に飲みに消えた。テルヒサの体力も恐るべし…。
翌日12日。9時には新幹線で帰るという寛さんを見送りに、ロクに寝てないテルヒサを叩き起こし。名残惜しさを満喫すべく?ymd氏の案内で秋田の日本海を見に。しばしボーッと。テルヒサと、秘湯・乳頭温泉の露天混浴に浸かりに。「女性2人組が入ってきたらドウスル!?」なんて話しつつも、婆ちゃんすら来ない貸し切り状態。フヤケまくって感無量。
↓乳頭温泉での川上とチバ
盛岡のチバ実家に戻り、焼肉と冷麺を食らい、飲み。翌日東京へ戻った。テルヒサと、密度濃過ぎな旅を振り返りながら。東京近くに来たら、雨がポツポツ降って来た。出発時以来の雨。帰ってきたんだな、主戦場に。
3人で廻った今回のツアー。各自ソロなんだが、だんだんバンドみたいな気がしてね。
寛さんやテルヒサの演奏が自分の事のように気になって。それによって「俺もやるぜ!」って。そして沢山話してた(移動中もライブみたいなもんだった)から、演奏の背景もビンビン伝わってきたしね。
柔道とかの、先鋒、次鋒、大将、のような。一蓮托生、まさに“三上組”。
寛さん、テルヒサ、マックス号、オツカレ様!!次の三上組はダンプカーで行こうか?現場の出入りみたく(笑)
寛さんから貰った「独パン・テント」のアイデア、じっくり考えていきたいです。
そして“東北”、また行くから待ってろよ〜!
■ 2006/06/24 (Sat) 『独パン野郎ども、北へ』三上寛、チバ大三、川上テルヒサの三日間ツアーその2 〜ドラマは連鎖する〜
★6月10日。盛岡・開運橋ジョニー
チバ大三にとって、この日が今回ツアーの最大テーマだった。盛岡の高校を出てから逃げるように東京に来て、18年ぶりの凱旋ライブは昨年やった。でも何か物足りなさがあった。俺にロックやパンクや日本のディープ歌(三上寛や)を伝えてくれた、以前東京で一緒にバンドも演っていた兄・テルヲ。テルヲは10年ほど前から盛岡で母と二人暮し、パチプロしている。いままで実家に帰るたびに、テルヲの音楽・歌へのエネルギー、そして生活や母や(故)父への想いを、思った。思っても思い切れず、三十路過ぎて殴り合った事もあった。だから、また一度、音を放ち合いたいと思った。今の互いの状況を、解かるべく、越えるべく。
特に今回の盛岡イベントの主宰は、かつて高校時代にテルヲとハードコア・パンクバンドを組んでいたende君の、プログレバンド・Otaria's Bloc(K)。
そして更に、会場『ジョニー』のマスターは、1980年代に寛さんと毎年、岩手県内の飲屋を何ヶ所も廻っていた、寛さん曰く“戦友”。そんなマスターと寛さんの10年以上ぶりの再会もあり。
ドラマがどんどん連鎖する。過去と対峙するのかシンクロするか?そんな岐点は何度も来るんだろう。思いつめることはない。ライブで演れたら最高だ!
開場。御客さんがどんどんやって来る。が、妙な緊張感。
トップ、チバ大三ソロ(3曲)。1曲目で足鈴が切れ、2曲目で弦が切れ、3曲目でストラップが切れた!まだまだ盛岡は俺を許しちゃくれないな。そして兄テルヲが加わり『地獄の千葉兄弟』登場。テルヲが歌&テルミン&シンバル。大三はギターとコーラス(叫び)担当。実はテープでやりとりしつつも、一度もスタジオで合わせてない(遠距離のため)。集中力と信頼だけが頼りだ。失敗も多かったが、どうにか成し終えた。成し終えた!怖かったが、嬉しかった。
↓千葉兄弟
「ライブを演り続けても、張り合いが…」なんて話を時々聞くが。自分と向き合うってことは、自分と関わった全てと向き合う事だから。俺はもっと向き合うだろうね。張り合いが無いわけが無い。
寛さんのライブも、昨日前橋のアッパーな勢いとガラッと違って、しみじみグッサリと、『ジョニー』に、マスターに響かせているようだ。聴いている俺の、かつて暮らして嫌って逃げた盛岡の、一ヶ所の一夜が、キラキラと滲んで見えた。
↓寛さんin盛岡
終了後、主宰・Otaria's Bloc(K)のはからいで、盛岡名物・じゃじゃ麺飲み屋で打ち上げ。こっちも沢山集まって盛り上がったねー。
夜中3時にチバ実家に泊まりに行ったら、チバ母が起きて煮物を作ってくれていて。寛さんとテルヲの話が止まらず!就寝は5時頃。
昼に起きたら、寛さんはもう起きていて、庭で、母と花談義に花咲かせ。熊谷草(珍しいらしい)とエビネを分けてもらっていた。
すっかり寛さんを気に入った70歳の母が「今度は私がホール借りて、岩手中の親戚や知人に集合かけて、地元TVに宣伝させて…」と無茶苦茶な事を言い出す始末(苦笑)。
そしてマックス号で、最後のライブ地・日本海の秋田へ出発。岩手の隣りだが、山越えだ。
↓盛岡を出発する3人
上に続く
■ 2006/06/23 (Fri) 『独パン野郎ども、北へ』三上寛、チバ大三、川上テルヒサのツアーレポ。その1 〜三上組、結成〜
ちっちゃな(個人的な)事から事件は始まる。殺人事件も革命も和解も、ライブもツアーも、然り。つーかそれがライブだ。
チバの出身地、岩手・盛岡でのライブが、決まりかけたが頓挫しかけ。どうしてもやりたいライブだった。その話を三上寛さんにした。「いっちょう俺も行くか!」。そして“福井の暴れ馬”川上テルヒサも運転を兼ねて参加してくれる事に。話が大きく、強くなった。おかげで盛岡ライブが見えて来た。この際だからと、秋田と群馬前橋でも、地元の方の協力で、ライブが決まった。
さぁ北へ向けて出発!であるが…
6月9日、昼。雨。テルヒサの愛車“マックス号”は軽自動車。3人+ギター他の荷物が乗り切るのか?長距離旅を耐えられるのか?実はかなり不安なまま、寛さん自宅の習志野に向かった。首都高は予想以上の渋滞。高速下りてさっそく迷い。予定より1時間遅れ、寛さんと合流。どうにか3人と荷物が乗りきったが…
今までチバは、ツアーといえば“身一つで気ままに移動して歌いまくる”だった。今回はワケが違う。このアクの強い3人で3日間、狭い車中で移動と寝食とライブを共にする。空気が煮詰まったら…喧嘩になったら…。そんな不安を一掃してくれたのが、寛さんのフトコロ深さだ。移動中、終始、話題が尽きなかったねー。音楽話、土地土地の話、生い立ちの話、エロ話、和式便所・洋式便所とか。3人全員が、よく話せたし、理解しあった。特にテルヒサの、福井話とエロ話は冴えわたり。でも単なるエロ話から“性〜生”話まで深めてくれたのは、さすが寛さんだったな。狭い軽自動車ってのも実は良かった。顔寄せ合って、話しやすかったからね。ソロの3人であるが、だんだん“三上組”のようになり。
気づいたら雨がすっかり止んでいた。
★6月9日。群馬・前橋COOL FOOL『独唱パンクvol.69〜独パン前橋編vol.1〜』
以前から話があったこの店で、マスター・サトウ氏とチバの共同企画を開催する事に。20人くらい御客さん入れば一杯のライブ・バーだが、店内はマスターのロック大好き感で溢れていて、気合い入る。そして御客さん満員。
↓川上テルヒサ
地元のアンダーソン、桐生太郎、東京から西山正規も参加。独パンらしいブッチャケ乗りで、盛りあがりまくり。酔った西山正規が寛さんに甘え寝?とか、打ち上げもバカバカしく。前橋の女性は妙にセクシーだったね〜。テルヒサ、落ち着け!!
明日があるんで、俺ら三上組は早め(でも3時頃)にマスター・サトウ氏宅で就寝。
それがまた、診療所の2階のリハビリ室、20畳はあるよなぁ〜。貴重な就寝体験。「これがツアーの醍醐味!」と、寛さんと話しつつ。各自好きなところでしばし就寝。静かだった。
翌日、8時に前橋発。国道で東北道(高速)に出て、あとは盛岡まで一直線、のはずが…途中福島で、事故通行止。下の道をしばらく行ったが、それはそれで、東北の空気を味わいつつ。話は尽きず。盛岡に16時半着。
上に続く
■ 2005/09/17 (Sat) 2005年、夏の『キムチの鞭』ツアー・ラスト 岩手盛岡〜東京 下の続きね。
8/8にいったん東京へ戻り。何日か労働に出て(苦笑)、14日に盛岡へ。
盛岡は14歳(中ニ)から18歳(高三)まで住んだ街。勉強が嫌いになり、ロックと出会い、バンドを始めた街。そして川が綺麗な、優しい街。高校を出て東京に単身上京したが、今も母親と兄が住んでいるので、年に一回くらいは帰って、ヤマメ釣りをしたりしていた。
が、ライブをヤルのは実に19年ぶり!ソロになって青森や宮城にツアーライブやりに行った事はあるが。盛岡(岩手)は一度離れた所だけに、俺の中に抵抗と緊張があったのかも。
14日に到着して、親父の墓参りに行った。実はこの日が命日。8年前、ガンだった。闘病中の親父に「岩手の男」という演歌を作ってテープに録音して送った。ロック等の嫌いな親父だったが、この曲だけは評価してくれた。「オマエ、歌やりたかったら今からでも演歌の弟子入りしたらどうだ?」なんて言っていた。
今回その「岩手の男」を初めてライブで演ろう、と決めていた。
8/15。
午後4時頃、ジャズ・ライブバー「盛岡開運橋のジョニー」に到着。主宰の“TEAM M”北田さんや店長の照井さんに挨拶。だんだん出演者が集結してくる。気がはやる…
ロック・イベント「Only One」スタート。チバ出演はトップ。御客さん、ほぼ一杯。
おもむろに始めた…が、いろいろ想いがよぎり、やたらMCが多くなってしまったな(苦笑)。
↓「開運橋のジョニー」でのチバ。
まぁ無事「岩手の男」も演り、トップの任は果たせたと思う。母親が初めて俺のライブを観に来てくれた。昔のバンド仲間が観に来てくれて、19年ぶりに再会。ニヤニヤと飲んだ。
The Pentatonics、ひやうだうず、真黒毛ぼっくす(from東京)、生がき、とライブは続いた。真黒毛は盛岡で結成されたバンドであり、彼らも初の凱旋ライブ、熱いモノがあった。
今回チバが出演できたのは、真黒毛が紹介してくれたからで、大変感謝!それから出演を快諾してくれた“TEAM M”北田さん、「岩手の男」を絶賛してくれた静かな熱い信念の男(と御見受けした)、ジョニーの照井さんにも、大感謝。
↓チバと「開運橋のジョニー」店長・照井さん。
イベント終了後、出演者&関係者は2次会へ向かい(これがまた凄かったらしい)、チバは明日も東京でライブなので、実家に向かった。しかし帰ってもなかなか寝つけず、飲み過ぎた…
翌朝6時に起きて、今回の帰郷で唯一、ヤマメ釣りに行くモクロミだったが、あえなく爆睡。起きて急いで東京へ戻った。
8/16。ツアーの締め。
渋谷アピアでのライブ。迷ったが、もう一度だけ「岩手の男」を演ることに。曲の発想が他の曲と違うから、どうしても浮いちゃう曲なんだよな。だからまたMCが長くなる(苦笑)。しかし良い緊張感でライブを演れた。久々にアンコールをもらったり。
歌、LIVE、人との関わり、そのどれも深さを味わった、ツアーだった。終了して気が抜けていたが、そろそろエネルギー溜まって来たぞぉ。
最後に御世話になった皆様に感謝!
また御世話になりに行きます。
いったん終了。
■ 2005/09/07 (Wed) 2005年、夏の『キムチの鞭』ツアーG静岡富士 下の続きね。
8/7。ツアー10日目。
昼には富士に、初めて降り立った。あいにくの曇り空で富士山は見えないが、今日は富士祭り!。古い商店街が曇天の下で吠えている。
昨日の浜松が新しい街並みなだけに、最初ギャップに躊躇した。古い街だけなら慣れているが、いきなり祭りだったので。困惑しつつ。ラーメン屋が見つからないので、洋食屋でオムライスを食べた。これがまた安くてボリューム満点だったな。そして駅前商店街の奥の、本日の「ANIMAL HOUSE」に到着。あぁPUNKな店、とすぐ分かる店内。出演はチバと、あと一組だけと聞き「御客さん来るの?」と不安に思いながら、リハ。本格ライブハウスで、機材良いし、P.A.の人反応良いし。まぁどうにかなるかな。とにかく「演り甲斐」を目指して廻ってきたわけでね。10連チャンの最終日、キッチリ演れ!ってことなんだろうな。と思いつつ。リハ終わり、また街に祭りを見に行き。大道芸の若い連中、頑張っているなぁ。何人も居た。こういう祭りを全国廻っているんだろうなぁ。ヤンキー(プチ・ヤクザ)は多い感じだが、風俗は案外少ない気がしたな。どっか他にあったんだろうか?なんか富士は“時空のルツボ”な感じがした。
↓商店街にこんなポスターも発見。
そして店に戻り、さぁLIVE。先に「オールド二匹ブラザーズバンド」が登場。これがなかなか面白い、そしてジャズ、カントリー、ブルース、を織り交ぜた日本語歌で、聴かせる。むむ!レベル高いじゃん!
↓オールド二匹ブラザーズバンド
そしてチバ。なんだか勝手に感慨無量だったね。この10日間ようやったな、アホやなぁという、複雑な想いでね。とにかくダイナミックに、を意識して(声出ないなりに)。御客さんはやはり少なかった〜。でもオールドニ匹の二人が特に盛り上がってくれて。全然オールドじゃない(まだ30歳くらい)が。
終わって飲んだら、もともとはPUNKな人々だったようで。STALIN等の話で盛り上がり。そして店長のツルさん登場。ツルさんと飲んだら、いろいろPUNK系の共通な知り合いの話になり。いやぁツルさん、日本PUNK好きだねぇ!見た目キュートな兄貴な感じ。
そして11時過ぎに店を出て。この日の宿は、沼津に移動してカプセルホテル。ヘトヘト。沼津の夜中は静かに、でも案外ヤンキー・コギャルがうろついていたなぁ。風呂入り、爆睡。
朝10時に起きて、18切符で東京へ。明日の曲順はどうすっかな?(明日はライブ無いが)とボンヤリ思いながら。
↓沼津駅にて。
まだ終わらないよ。そして一週間後、実家・盛岡へ。
上に続く。
■ 2005/09/07 (Wed) 2005年、夏の『キムチの鞭』ツアーF静岡浜松 下の続きね。
8/6。ツアー9日目。
浜松でライブやるのは(降り立ったのも)2度目。前回(昨年)御世話になった、up-tightのマネージャー・よしのサンが今年春にオープンしたライブ・バー「LUCREZIA」でのライブ。前回企画してくれたKira C-JAMも出演。そして競演は、あの“突然段ボール”、そして“おにんこ”。このセッティング、よしのサンに感謝!
↓LUCREZIA看板。店の趣味が分かろうというもの。
リハ。P.A.はup-tightの青木氏。浜松が生んだ世界のサイケデリック・バンドのリーダー。新鮮な、やる気が伝わる。それは銀色の店内にも感じる、ウォーホールの“Factory”っぽいね。斬新な何かを待っているようだ。モギリはbassのオガタ氏がやるそうな。そしてdrumsのシラハタ(実はチバの盛岡時代の高校同級生!)も観に来てくれるそうな。ノドと指の調子は相変わらず。でも不調なりのやり方が分かって来た。
さぁリハ終わって、ラーメン食いに。浜名湖ラーメンなる珍品を食った。海苔がでかくて食い辛かったが、まぁ美味かった。今回のツアーはなぜか、ラーメン紀行でもあるなぁ。
本番、トップ・おにんこ。今後がオモロそうな女子3人バンド。そしてKira。ボブ・ディランを彷彿させる、マイペースに愛情と厳しさの混然とした歌。
↓Kira C-JAM
そしてチバ。さすがサイケP.A.!足鈴に深いアナログ・ディレィ、他。ヘッドランプ・パフォーマンスは、本当真っ暗にしてくれて、ワクワクしたねぇ〜。
そしてトリは突然段ボール&おにんこ。4年くらい前に三軒茶屋ヘブンズでちょっと競演したことがあった突段。10年以上前には、仙川ゴスペルという店で、チバが参加していた“フルーツランド”というバンド(ボーカルは実兄、いまは引退?)と、兄弟バンド競演をしたこともあり。中心的な兄さんが亡くなった後に、また初々しいスタイルで活動しているんだなぁ、なんだか嬉しく感慨深かった。
↓突然段ボール&おにんこ
終わって、飲みタイム。この日は飲んだぜい!わりと…ノドに悪いっつーの。でもシラハタ、初観だしねぇ〜。あと前回観てくれてた人が、今回の方が良かった!とか、嬉しいなぁ〜。気がつきゃ酔っ払い、よしのサン宅で眠らせてもらうことに。本当御世話様です。
上に続く。
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